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ロブスター

ある人から、ロブスターを頂いた。 新鮮でまだ、生きている模様。 ロブスター大好きな私にとってはたまらない贈り物であった。 しかし、一緒にいる人はそれをかわいそうだと思う。 話し合った挙句、海に返すことに。 ガタゴトガタゴト・・・車でちょうど良い海辺についた。 ロブスターの箱を開けた。 彼女は死んでいた。 かわいそうだって言ったの自分なのに、自分が殺してどうすんだよ・・・。 なので、私が丸々一匹、美味しくいただきました。

自由と平等 John Rawlsと現実 2

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John Rawlsはほかにも名著を出しているが、わたしがしっかり読んだのは正義論だけなので、グローバル化が加速する世界でいかにRawlsの理想を実現させるかということは、ほかの本に記されているとのことである。 しかし、実現することと哲学とは異なる分野なのである。やる方は国際関係、協力などいろいろな名前で呼ばれているが、その人たちがどのような理念(哲学)を持っているかはまちまちである。それ故に、理想と現実にはかなり差がある。 そう思わせることは、学校の外にでればたくさんある。イギリスの社会は外から見ると医療体制(National Health Insurance)が整っており、市民の考えも成熟しており、移民も受け入れ、経済も為替も安定しているように見える。(これは私の最初の印象であった)実際は、超格差社会で保守的な社会であった。 格差は、街に出ればわかる。まずは物乞いとホームレス。ホームレスは中高年男性という印象があるが、北部の都市では白人の若者が凍えそうになりながら紙コップを目の前に置きお金を待っている姿が目に入った。それから、バスに使用済み、期限切れのチケットを使ってただ乗りしようとする人も、よく見かけた。本当にお金に困っている人がたくさんいるという印象を持った。(2013年マンチェスターにて) イギリスのジニ係数は2012年の時点で 0.34 (1) と非常に高く、世界の不平等な途上国の国々の上位を走っている。また、地域では宗教や文化によって住み分けが著しい。肌の色で職業差別などはもう存在しないであろうが、移民が入ってきたことで職が奪われるということで移民にたいしてあまりよく思わない人もたくさんいる。イギリスに入るときの入国審査が年々厳しくなるのもそういった声を反映してかもしれない。 しかし、イギリスは各地でデモが盛んに行われており、環境、職の安全にかんしては関心が高く、労働組合も日本よりはまだ効力を持っていたりとヨーロッパならではのところがうかがえる。 ギリシャをはじめとしたヨーロッパの金融危機はさらにRawlsの理論をより不可能にしているのではないかと思ってしまうほど、ヨーロッパは安定していない。私はその不況のまっただ中に、経済状況が3番目に危ないイタリアを訪れた。最初に目に入ったのは、職業のすみわけであ...

自由と平等 John Rawlsと現実

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自由と平等・・・いまでは堅苦しい言葉になってしまった。大きな戦争が終わり、世の中も安定してきた中で、私たちはそのようなことに関心を持つ機会はあまりない。 しかしながら、私はどうしても自由とか平等とか言う抽象的な言葉を耳にするだけで自分ではよく説明できなかったので、イギリスの大学に言ったときに政治哲学の授業をとってみることにした。授業名はまさしく Freedom and Equality である。 そもそも、哲学はどんなことに役立っているのか。知った限りでは、特に政治哲学の分野は、憲法の文言を決めたり、法律を作っていく際に特に重要であるということがわかった。しかし、それが全員に対してうまくいくわけではない。(哲学者は社会と関わりのない人がたくさんいる) この講義でわかったことは、自由主義、完璧主義、平等主義、マルクス主義、、、など古典的な哲学のことを勉強した後に最後にこれが適切ではないかという現在の政治哲学はJohn Rawlsが提唱した「正義論」であることだ。内容を詳しく説明するほど能力がないのでここで全部は触れないが、自由主義が格差を拡大してしまうのに対し、平等主義はソ連で失敗があったように個人の能力を下げてしまったり結果的に全体が悪くなるという現象が起こる。ではロールズの正義論はというと、個人の能力を下げず、全体を底上げし、かといってお金持ちは自分の富をある程度確保でき、貧困を作らないようにする理論をつくりあげた。 そのような理想的な社会を創り出すためには、どうしたらよいのか。まず、憲法の設定は利害関係がないまっさらな状態で創り出すこと。そして、基本的な自由が保証されることと機会均等が保証されることである。そのためのルールを作りあげるが、そのルールに反対する人々がいても人間の本来必要なものが備わっているのでいずれはみんな賛成するであろうという考えに基づいている。 まさに理想的であり、とても感動したのを覚えている。ユートピアではなく現実可能な理想社会。在学中に、ずっと疑問に思っていた「どんな社会が理想的なの?」という疑問を解決できたような気がした。そんな疑問を抱えている大学生は多いはずである。 学校が終わり、休みに入ったのでイタリアに行った。しかしそこで待ち受けていたのは、この理想とはかけにかけはなれた途上国の現実であった。 つづ...

自転車泥棒 Ladri di Biciclette(1948)

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映画をこよなく愛する人なら一度は観たことがあるであろうこの映画。観たことがない人へは強く観ることをお勧めしたい。ネオレアリズモの代表的な映画の中の1作品であり、第2次世界対戦直後のイタリア社会を率直に「アート」として映し出している。 ****** 第2次世界大戦後のローマ。アントニオ・リッチは、貧しい暮らしの中、やっとのことでポスターを貼る仕事のオファーをうける。その仕事には自転車が必要であり、家の中のお金になりそうなものを詰め込みお金に換金しやっとのことで自転車を手に入れる。やっとのことで手に入れた仕事。さあ、いよいよ仕事が始まる。アントニオ・リッチの悲劇の始まりはここからであった。少し目を離した隙に自転車を盗まれてしまったのである。アントニオは街中を必死に探しまわるが、そう簡単には見つからない。息子も一緒に探すことになるが、なかなか見つからない。 ****** 物語は、実にシンプルで重い。ネオレアリズモの特徴である役者は素人であるということをいっさい考えさせない、演技力と緊迫感がある。それぞれの役者の表情は特に印象的である。息子の父親に対する心配そうな態度、父親の焦り、父と子のやりとり。まるで本当の親子のような掛け合いである。 ネオレアリズモは映画を通してファシズムに対抗することを目的とした社会のムーブメントであった。通常、映画を観るときはその作品のメッセージを観ている側は読み取ろうとするが、この作品から読み取れるのはメッセージというよりも貧困で生きるという現状を見せられていると感じ取れる。それが、ネオレアリズモの特徴である。しかしながら、この運動は1944年から52年までと、そう長くは続かなかった。当時、第二次世界大戦後の世界では冷戦がおこっており、ヨーロッパでは共産党を弾圧する動きが強まっていた。この映画もその対象にあたり、当時は上映を禁止されていたようだ。ネオリアリズモだけではなく、このたぐいの映画は政府からの圧力により上映が禁止されていた。資本主義が登場し、イタリアも高度経済成長の流れにのってイタリア社会に対する社会的批判が少なくなったのだろうか。 現代では、映画は娯楽の要素が大きく、何かを伝えたくて、世の中を変えたくて、という映画はなかなか見つからない。(というよりも、報酬が得られないのであ...

はじめまして。

2014年11月、このブログを開始することにしました。 どうしても、思っていること考えていることを書き留めたいと思い、世の中でおこっていることに関して、とにかく考えていることを忘れないように書き留めていきたいと思っております。 専門家ではありませんので、たまに間違いがあるかもしれませんが、あくまでいち一般人の意見としてご覧ください。 どうぞよろしくおねがいします。