自由と平等 John Rawlsと現実

自由と平等・・・いまでは堅苦しい言葉になってしまった。大きな戦争が終わり、世の中も安定してきた中で、私たちはそのようなことに関心を持つ機会はあまりない。

しかしながら、私はどうしても自由とか平等とか言う抽象的な言葉を耳にするだけで自分ではよく説明できなかったので、イギリスの大学に言ったときに政治哲学の授業をとってみることにした。授業名はまさしくFreedom and Equalityである。

そもそも、哲学はどんなことに役立っているのか。知った限りでは、特に政治哲学の分野は、憲法の文言を決めたり、法律を作っていく際に特に重要であるということがわかった。しかし、それが全員に対してうまくいくわけではない。(哲学者は社会と関わりのない人がたくさんいる)

この講義でわかったことは、自由主義、完璧主義、平等主義、マルクス主義、、、など古典的な哲学のことを勉強した後に最後にこれが適切ではないかという現在の政治哲学はJohn Rawlsが提唱した「正義論」であることだ。内容を詳しく説明するほど能力がないのでここで全部は触れないが、自由主義が格差を拡大してしまうのに対し、平等主義はソ連で失敗があったように個人の能力を下げてしまったり結果的に全体が悪くなるという現象が起こる。ではロールズの正義論はというと、個人の能力を下げず、全体を底上げし、かといってお金持ちは自分の富をある程度確保でき、貧困を作らないようにする理論をつくりあげた。


そのような理想的な社会を創り出すためには、どうしたらよいのか。まず、憲法の設定は利害関係がないまっさらな状態で創り出すこと。そして、基本的な自由が保証されることと機会均等が保証されることである。そのためのルールを作りあげるが、そのルールに反対する人々がいても人間の本来必要なものが備わっているのでいずれはみんな賛成するであろうという考えに基づいている。

まさに理想的であり、とても感動したのを覚えている。ユートピアではなく現実可能な理想社会。在学中に、ずっと疑問に思っていた「どんな社会が理想的なの?」という疑問を解決できたような気がした。そんな疑問を抱えている大学生は多いはずである。

学校が終わり、休みに入ったのでイタリアに行った。しかしそこで待ち受けていたのは、この理想とはかけにかけはなれた途上国の現実であった。

つづく

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