幸せと無知
大学生の時
まー、そもそも、幸せとは主観的だから一概にはなんとも言えないのだけれど
イタリアはslow foodカルチャーがあって
とっても幸せな国なんだということを学んでいた
特に南イタリア
私が(現在)いるシチリア島も
食事をすることや家族と一緒に過ごすことにかなり重きをおく
その家族というのがまた人数が多い事なんの
核家族という概念はあまりなく
親子三世代、プラス、その親戚という感じになるので
20人くらいは優に超えてしまう
もちろん大人数の家族とゆったりとした時間を過ごすのは
色々な意味でとてもあたたかかった
でも、私にはっきりいって居心地が悪い
もちろん生まれ育った環境も文化も違えば言語も違うので一概には言えないけれども
とにかく話が噛み合わない・・・!
都会生まれの私には、
女の人だけが家事をすることもあり得ないし(まあ日本も一緒か)
安定した仕事だけをするというのもあり得ないし(個人的な考え)
親に家や車を買ってもらうことが当たり前というのもあり得ないし
やっぱり住む世界が違うのだと思う
もちろん家族といることはいいことだし
そこに重きを置くことで、幸せや安定を感じ安いのだとも思う
ただ、家族の中で飛び抜けて成功することはない、
なぜなら"嫉妬"が凄まじいからである(家族内でも!もちろん私にも!笑)
大成するというのは、何か人と違ったことをしなければならない
そういう意欲は幸いにも?ないらしい
日本の村社会と、イタリアの家族社会はなんとなく似てるような気もする
ただ、マフィアがまだ存在しているように
シチリア島の教育の低水準は引き続き存在する
(かなりの割合で中退している)
卒業した人たちも、家族に匿われて育つ人が多いので
社会の諸々を経験しないまま子供をもうけたり
親の家業を引き継いだり
ましてや政治家になったりするのである
政治、そりゃうまくいかないわ!
色々なことを知らないまま育つと
情報に操作されやすい (移民が職を奪うとか・・・)
その一方で、家族の絆は硬いし、側から見ると幸せ(そう)に見えるのである
家族が結束するというのは、
周りはみんな敵で家族以外の信頼できる人がいないのと
家族が結束するというのは、
周りはみんな敵で家族以外の信頼できる人がいないのと
カトリックの宗教から来ている気がする
そして、幸せのバロメーター、無知(識字率以外にも)のバロメーター、経済のバロメーター
どこかでかすかに併存しているような気がする
まー、そもそも、幸せとは主観的だから一概にはなんとも言えないのだけれど
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